今日はなんの知らせもなかった

けど今週中にはあるんだろうね(;_;)
せめて、次の進路が決まった状態でのニュースなら、受けいれられなくもないんだけど、まあそうも行かないからなぁ。こっちは来年の所属チームも背番号「12」も決まってるから気楽に来年への展望なんて語れますけど、おまいらはそうじゃないんだよなあ。feverpitchも、半分勤め人で半分自営業のような仕事をしているので、すこしは気持ちが分かるような気もするよ。当該の選手たちは、そりゃもうやっぱり知ってるんだと思うけれども、それぞれの就職活動が上手く運んでいますように。本当に本当にお祈りしております。

他のクラブでは、グッドニュースバッドニュース、すでにいろいろと飛び交っております。ちょっとシリアスな話をすると、親会社の広告費的な枠内での会計補填処理が可能なクラブと全く独立的に採算を考えねばならないクラブとでは、同じくJクラブとはいえ全く異なる経営と考えねばならないわけで、その後者に関しては、「昇格狙って一発勝負→失敗」というギャンブルのリスクは相当以上、下手をすると経営破綻まで行き着く大きさになりかねないわけです。何処とはいわないけれども、毎年、その手のギャンブルに出ては失敗しているクラブは、中の人が本当に顔青くなってるんだろうなぁとご同情申し上げる次第。来年、山梨でカワイイ犬飼ってるところが「探検」を終えて戻ってくることを見ても、やっぱり予算と順位が或る程度比例してしまうことは悲しくも冷酷な現実、とするなら、先のリスクをとってギャンブルに成功した場合のリターンすら、あくまで冷静に控えめに見積もらなくてはいけない。とすれば、小さなクラブが選択可能な道は、身の丈にあった戦力放出と補強とを続けながら、経営状況を一歩一歩前進させることのほかはなく、応援する立場の人間も歯がゆい気持ちに耐えながら、我慢を重ねてゆく必要があるわけです。おとぎ話のような、プロジェクトXが舌なめずりしてとびつくようなサクセスストーリーは現実には殆どないもので。ああしんどい。
こういう修業のような行いは、口で言うほど簡単ではない。古いたとえになって恐縮ですが、フランスW杯から帰ってきた城彰二に水ぶっかけて自己陶酔してしまうタイプの自称「アツイ」サポーターになってしまうことの方が、楽だし分かりやすいし。冷静に振り返ったら、あの時点の日本代表がバティとクラウディオ・ロペスシメオネとボクシッチとアサノビッチとスーケルとフォーチュンいたあのグループリーグで善戦できる可能性は殆どなかった。けども、「ガムかんだ」「笑った」とかいう理不尽な言いがかりをネタに「世界と対等に渡り合えるチームのサポーターとしてありたい」という他力本願的な自意識を否定的に満足させる(そうさせなかったのは選手が悪いとすることで自己評価の低下を回避する)ことを選べば、端的に楽だし、もっとシニックに言えば、お金と時間を使った自分を免罪できるし。だから、ファンもフロントも、どうしても「J1昇格!」みたいな派手なアドバルーンを拠り所にしたくなりがちなわけで、しかし、その方向は、結局、先に述べたようなとても分の悪いギャンブルにつながっていく。
結局、何が言いたいかというと、小さいクラブにとって、一緒に下積み修業を耐えてくれるファンはとても大事で、そういう層をどれだけ確保し、増やし、そして満足させるか、ということはもっと真剣に考えられてもよいはず。要するに、小さなサッカークラブの運営って、コミュニケーションスキルが最も問われる領域で、そういう意味で公共の福祉に関わる仕事とかなりの面で通じるのではないかということ。理不尽で、よく現状を分かっていなくて、時としてルール違反もやらかしかねない、わがままな不特定多数を相手に、ゲームを通して、広報を通して、そして地域活動を通してコミュニケーションを成立させる、という困難なミッションを何とか遂行しなくちゃいけない。大変だけれども、それが出来ないようでは、長期的には結局どこかに無理が来ちゃうんではないだろうか。
一方で、その「不特定多数」の側にいる我々も、もっともっと上手なコミュニケーションの参加者でありたいと思う。何度も繰り返すけど、もし「昇格」「優勝」という分かりやすい「声」しか聞かないのだったら、毎年4チームくらいのサポーターしか幸せになれない。そんなのはどこかおかしい。もっと多様な「声」が、ピッチの中からは聞こえてくるはずなのだから。